「クリエイティブ」という麻薬

日々の考察

最近悩んでいます。

「クリエイティブじゃない時間」が辛い。

一度クリエイティブな体験をしてしまうと、人はそこから逃れられなくなるようです。

まるで「麻薬」のように最初は少しだけだったはずが、いつしか全身を覆うほどの渇望に支配されてしまいます。

※この記事は「クリエイティブ」と言いたくて、イケてる文学を生み出したいという、薄っぺらい野望を原動力として執筆されました。

 

何かを作り上げる快感はヤバイ

皆さん長い人生の中で、一度は何かを「作り上げた」ことがあるでしょう。

学校の図工の時間なり、学祭の出し物なり誰にでも一度は機会があったと思います。

あの時の「快感」覚えてますか?

僕は昔からLEGOが好きで、自分で作った作品を部屋に飾ったり、ダンボールでミニカーの駐車場を作ったり、何かを作ることが大好きでした。

一から何かを作り上げて、それが誰かの目に止まって、評価してもらえる。

あの瞬間の照れ臭い幸せを僕は忘れたことがありません。

最近ではこんなツイートをしました。

今でも僕は何かを作ることが大好きで、それに気づけたからこそ「コンテンツクリエイター」になりました。

 

何も生み出さない時間が辛い

僕は今副業でサラリーマンをしています。

まあ自分で「副業扱い」しているだけで、収入面と割いている時間から見れば立派な「本業」なんですけどね。笑

その中でも僕は営業マンとして働いているのですが、まあクリエイティブじゃないですね。

自分でも「こういう書類作る時って、こういう風にするのが常識ですよね?」みたいな質問をしている時があって、ゾッとしてしまいます。

勝手に「みんながやってる=それが正解」という非クリエイティブのかたまりみたいな思考に、知らぬ間に侵されてたのです。

唯一クリエイティブな時間は、毎月部署内で自分の状況を発表する時のパワポの資料作りだけですね。あらゆる仕事の中で、僕が1番力を入れているのは間違いなくこのスライド作りです。笑 目指せジョブズで頑張ってます。

とまあ、こんなことを1日10時間近くやっていては、どんどん自分のクリエイティブが腐っていくことは明白です。

毎日仕事が終わって会社を出る時に、「この10時間、自分は何も生み出せずに納期を調整していただけ」と考えると、たまらなく辛くなります。

正直少しくらいは今の会社でも「仕事の達成感」を得られると、就職前までは思っていたので、大きな誤算でした。

 

今すべきことは、何かを作り上げること

そんな「非クリエイティブ」に侵されつつある僕は、何とかクリエイティブな自分を保つために、通勤途中はこうして文章を作り、会社が終われば横浜の夜景を撮影し、帰ったらそれらの文章・写真・映像を編集し、コンテンツを作り上げる毎日です。

時には営業の仕事よりもハードな場合もありますが、この時間がたまらなく幸せです。今この感覚を奪われてしまっては、僕の人生は生きるに値する程の価値を持たないことでしょう。

まさしく薬を取り上げられた麻薬中毒者です。

抜け殻にならないように、今は必死に「作り上げる」という行為に夢中になって、闘い続ける必要があります。

 

幸いクリエイティブには副作用がない

僕はこれからも「クリエイティブ」を求め続けて、ズブズブとクリエイティブという沼の奥深くまで潜り続けていきます。

おそらく麻薬と同じように、一度もやったことがない人にはその素晴らしさは分からないものだと思います。しかし一度手を出すと、二度とそれなしの生活には戻れないほどの、恐ろしい中毒性があります。

ありがたいことに、クリエイティブには麻薬のような副作用もなく、何なら人から評価され、お金までもらえるチャンスがあります。

やらない理由があるでしょうか。いや、ない。(反語)

もう僕は立派な常習犯で、素晴らしいブログや映像を見ると「悔しさ」すら感じてしまいます。

もはや音楽を聴いても、その辺の広告の写真を見ても、ありとあらゆるコンテンツに対して「もっとすごいものを作り上げたい」という対抗心が芽生えます。

この渇望を満たすためにも、サラリーマンは副業程度に抑えておいて、本業である「コンテンツクリエイター」としての活動に、より一層注力する必要がありそうです。

 

以上、クリエイティブにがっつり目覚めたマッツォでした。

これからも様々なコンテンツを作り上げていくのでよろしくお願いします。

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